木製の鉛筆の起源ですが、よく知られているのは、この話でしょう。
スイスの医者であり博物学者であったコンラッド・ゲスナーが、木製の筒に鉛や1500年頃イギリスで発見された良質の黒鉛(イングリッシュ・アンチモニー)の芯を入れた鉛筆を、1565年に化石について書いた本の中で紹介したということです。
鉛や黒鉛の芯は折れやすく、また携帯すると衣服を汚します。
木にはさむ方法が開発されると、簡便に携帯し、迅速に取り出せるようになりました。
1793年、フランスとイギリスとの戦争によって、フランスはそれまで使っていたイギリスのボローデール産の黒鉛を輸入できなくなります。
これによって、情報の管理も教育も効率が悪化。
そこで大臣のラザール・カルノーがニコラ・ジャック・コンテに新しい鉛筆の開発を研究させます。
その結果、コンテは、黒鉛と粘土を混ぜ乾燥し高温で熱して芯をつくり、木製の筒に入れ、その筒を削りながら使うというほぼ今日の鉛筆の原型になるものを開発し、1795年に特許をとりました。
他方、ドイツでは、17世紀の後半に黒鉛を木製のホルダーに入れた鉛筆をフリードリッヒ・ステットラーが考案し、鉛筆の専門の製造業者になります。
その結果、ドイツでは1731年には鉛筆製造のギルドがつくられるまでになりました。
1761年にはカスパー・ファーバーが鉛筆の製造を始めます。
ファーバーの会社は引き継がれ、19世紀には硬さの異なる鉛筆を製造しはじめる。
エジソンは自分用の鉛筆を数千本も注文し、いつもベストの下のポケットに入れていたといいます。
また、『森の生活』の著者として知られるアメリカのヘンリー・デビット・ソローは鉛筆製造機械技術者でもありました。
鉛筆という簡便な筆記具がいかに人々の思考を助けてきたか・・・うかがい知ることができます。
鉛筆は、かつてのようには使わることが少なくなってきています。
しかし、この小さな筆記具について語るとなると、信じがたいほど多くのことを語ることができるのです。
たとえば、ヘンリー・ペトロスキーは『鉛筆』(邦題『鉛筆と人間』晶文社)という大著を書いています。
筆記具は、わたしたちの思考やアイデアを書き表すことで具体化し、見たことや聞いたことなどを記録する、思考と情報にかかわる道具です。
インクや墨汁という液体を使わず、また、備品もなく鉛筆はすぐに使えます。
また、持ち運びも簡単です。
古くは鉛筆はいわば夢の筆記具であったといえるでしょう。
古代ギリシャやローマで鉛を筆記具に使うことが行われていました。
また、紀元前の15世紀のエジプトの遺跡からは石墨の破片が発見されています。
しかし、おそらくこれは筆記具ではなく染色に使われたものだろうといわれます。
やがて、鉛の筆記具は改良され、滑らかな鉛の合金がやがて使われるようになりました。
ペトロスキーによると、12世紀にはドイツ人の僧侶ドフィルが鉛と錫の合金による尖った形状の筆記具について記述しているといいます。
「ロボット」という言葉を現在のような意味で一般化したのは、チェコの作家カレル・チャペックです。
彼が1920年に発表した戯曲『R・U・R』(ロッサム・ユニヴァーサル・ロボット社)にこの言葉が使われています。
チャペックによれば、この言葉は、チェコ語のロボタ(賦役)に由来し、働くことができても、考えることのできない人間を何と名付けたらいいかということを考えて、ロボットという名前を考えついたと語っています。
ロッサムが設立したR・U・R社で製造するロボットは、人間と区別がつかないほどよく人間に似ていますが、労働のみをする装置です。
この人造人間の製造工場は、フォードの考え出したシステムを使っています。
ロボットを大量に生産し、人間の労働を急速になくしていくことが、R・U・Rの目的でした。
R・U・R社のロボットがあらゆる人間の労働を代理してくれることで、誰もが労働から解放されるユートピアが夢見られたのです。
しかし、この物語では、それが実現されると、逆にディストピアになってしまいます。
人間たちは、子どもを産み育てるという労働をも嫌うようになります。
その結果、人間のいないロボットだけの世界になってしまうのです。
やがて、ロボット生産技術が失われ、ロボットにもロボットが生産できない状況がやってきます。
ここに、「労働する人間」「人間を産み育てる人間」「人権」というテーマが出てきます。
そうしたテーマであるからこそ、チャペックのロボットは、家電や機械ではなく、人間の形態として想定されたのでしょう。
しかし、今日の電子テクノロジーは、労働や種の保存が本当に人間の存在そのものを実感させるのかどうかを、真剣に問いかけてきているようです。
戦前にアメリカでつくられた産業フィルムで、主婦がロボットに家事をまかせるという内容のものがあります。
これは、結局、家電がロボットと同じ働きをしているという結末になっています。
ロボットを生み出すことへの夢は、労働の機械化への夢でした。
したがって、家庭内の機械化ということも、家庭内のロボット化と考えられたのです。
モーターを組み込んだ家電が、いわば筋肉労働を代用するロボットだとすれば、今日のマイコンを組み込んだ家電は、単純ではあるが神経の働きを代用するロボットになりつつあるということでしょう。
エアコンや全自動洗濯機など、わたしたちは、無数のマイコン、いや無数のロボットに囲まれて生活しているということです。
そして、もちろん、現在では産業用ロボットが、工場の申で労働している風景は、日常的なものになりました。
しかし、現在のマイコンを組み込んだ家電も産業用ロボットも、人間の形態をしていません。
かつて、夢見られたロボットは、人間の形態をしていました。
それは、人間の代用物と考えられたからでしょう。
あの可愛らしい鉄腕アトムもやはり、人間の子どもの代用物としてつくられたものでした。