現代社会の複雑さとドラスティックな可変性とは、ある生活場面では立派にその役目を果たすドライヴィークルも、別の生活場面では効力を失うというむなしさをしばしば露呈するものです。
生活体系が複雑で入り組んだ多面体をなしているという空間的な多様性と、変化に富んでいるという時間上の多様性との二重の多様性が、ドライヴィークルの通用範囲を制限するのです。
ある少女がタレントの誰それの熱狂的なファンであったとしても、そのことは、いついかなるときにも彼女の生命力を高揚させてくれるほどの・・・
つまり彼女の全存在を支えてくれるほどの神通力は持っていないでしょう。
ダイヤモンドの指輪もミンクのコートも、自分はなにがしという歴史上の人物の子孫であるという誇りも、それらはいずれもドライヴィークルたりうるものではあるでしょう。
しかし、やはり万能ではないのです。
現代社会の複雑さは、つかみどころのなさでもあります。
目まぐるしい変化にさらされていることは、不安定さでもあります。
この点が現代人の不安の一因となっています。
そしてこの不安が人々にドライヴィークルを求めさせます。
・・・にもかかわらず、現代社会の複雑さと可変性ゆえにドライヴィークルは通用力を制限せざるをえないのです。
現代社会は人々を一種のダブル・バインド状態に置くのです。
ドライヴィークルを求めよ!
しかし、いつまでもしがみつくな!
・・・ここに、決定的な打開策を見出しえないままいつまでたっても宙吊り状態から抜け出せない現代人の姿が凝縮的に示しだされています。