釈迦羅仏の子、釈迦釈尊の御代のこと。
釈迦釈尊の長男、釈迦王は王座をめぐって叔父の大婆王と弓の競技を行ない、これにみごと勝つ。
怒り狂った大婆王は髭を切り落として行脚修行に旅立ってしまう。
これを嘆いた大婆王の妃は釈迦王のことを恨み、さかさま川で呪組しようとする。
そこへ通りがかった唐土じょもんは妃の行為を諌めるが、逆に言い負かされ、たくさんの品物を差し出すならと条件をつけて呪い調伏(呪組)を請け負ってしまう。
すなわち、「"さかさま川"に降り下り、七段の壇を飾り、茅灘のひとがた人形を作って色ぎぬを遡しに縫い着せ、逆刀を使い、六道御幣を打ち振り、水花を"ばざん"と三度蹴上げ蹴下し、天を仰ぎ地に伏して呪い調伏した」のです。
呪いに当たった釈迦王は重病に陥ってしまう。
心配した彼の弟子が占ってみたところ、唐土じょもんに占ってもらうとよいと出た。
そこで、さかさま川で待ちかまえて唐土じょもんに占ってもらうと、大婆王の妃の殴繊調伏であることがわかります。
釈迦王が治療を頼むと唐土じょもんは、罪のない釈迦王が呪謁されたのだから呪いをそのまま相手に返す「呪組一掃返し」をしてやろうと言い、妃に用意させたのと同じものを差し出させて祈蒋を始める。
そして、先と同じようにして(ひとがた人形は生粉て作る)、南無呪誼神の一掃返しを行なった。
すると、全度は妃が重病となる。
妃は再びさかさま川で唐土じょもんをつかまえ、占ってくれるよう頼む。
唐土じょもんが占うと、妃の病は先の因縁調伏の調伏返しが当たったのだとわかります。
妃は自分にも呪祖一掃返しをしてくれるよう言うが、彼は呪組一掃返しはやってはならない法だと言い、替わりに呪誼の祝直しをしてやろうと提案する。
そして、多くの品を用意させて祈禧を行ない、「南無呪謁神を、日本・唐土・天竺の潮境にある、とろく島の呪誼の御社に送り鎮めた」のです。
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