「法則」概念のあいまいさを尻目に、資本制経済がこれまで何をもたらしてきたか・・・


そして現に何をなしつつあるかを、今日ではつぶさに知ることができます。


マルクスの時代には「資本の文明開化作用」の概念は半ば予言の武器でした。


しかし、いまでは文字どおりグローバルな規模で「資本の文明開化作用」の実態と帰結について、そのアルファからオメガまでを、知ろうと思えば知りうるだけの情報量と知識の蓄積があります。


したがって、資本制革命を大なり小なり制御しうる基礎条件は整っています。


それだけではまだ、いわゆる客観的条件が整っていることにはならないでしょう。


しかし、いわゆる主体的条件の整備具合によっては、資本制経済とそれが生み出した資本主義文明の諸局面に対して異議申し立てや軌道修正のアクションを起こすことはできます。


そのような質をもつ世直し運動が、現代文明の見直し運動が、現にあちこちの闘いの場でさまざまなかたちをとって展開されています。


生活者としての、あるいは地域住民としての立場からであれ、場合によっては官僚としての立場ないし行政サイドからであれ・・・


規模の大小を問わず、現状の改良・改善に取り組む運動や施策はすべてそれなりの現実的意義をもつものです。


局面によっては、百の大理論よりも一つの小運動のほうが貴重なこともあるでしょう。


ただし、運動や施策の性格については一言しておかなければなりません。

やまのしたから


はるがのぼってきたよ


ふくじゅそうを


さがしながら


がっこうのがけまできたよ


・・・これは浦幌町の一年生の書いた作文です。


この子の住んでいるところは、おそらくこの山麓なのでしょう。


春が山の下の方から、金色に輝く福寿草を探しにやってくるのでしょう。


金色に輝く畠寿草が残っていたり、残雪とコブシの花とが混り合って、どっちだかわからない地帯は、木炭焼か何かしなければ生計のなりたたないところです。


そんなところでは子供たちはまだ兎ワナをかけたり他の鳥のいなくなった冬の林で、どこにも行かないキツツキやカケスを友達にして、木材を積んだ上で、麓の方から楽隊のようににぎやかにあがってくる春を待っているのです。


僻地、僻地と一段文化の低い社会のように言われている地帯に、都会に絶望した先生たちが、好んで赴任するのを、僻地手当がでるからだなどと考えている人もいるでしょう。


しかし、夕昏になると暗闇の底が暗くような、さびしい声を出すシマリスや、小鳥の噂りのようにおどおどと岩場をかけるナキウサギなど、大陸系の小動物がまだ棲息している山地・・・


ここは、すぐれた人間形成のために、最後に残された自然境といえるかもしれません。


札幌旅行だけのつもりで訪れた北海道でしたが、やはり雄大な自然を感じたいなら札幌以外の土地がいいですね。


スイスっていい国ですよね。


えいせいちゅうりつ国ですよ。


最高です!


何事も真ん中がいちばんだと、あの欽ちゃんが言っていたような気もします。


言ってないかな?


わたしは真ん中が一番いいと思います。


食べ物でも、大抵一番美味しいのは真ん中あたりです。


種周辺というか。


ところで腐りかけの果物が美味しいというのは常識かもしれませんが、わたしは黒くなったバナナを食べることが出来ません。


ぐっちゃぐちゃじゃないか、ふざけるんじゃないよ、と思ってしまうのです。


焼いてとろけたバナナは大好きなのですが、ただ熟してどろっとしたバナナになると、ちょっといただけないですねー。


かといって黄緑色でもちょっとね・・・。


そんなことよりもバナナといえば、バナナの木の花?ってすごいですよね。


あのブラーンとなっている部分です。


武器みたいなやつです。


あれを肩に下げて街中を歩いたら、70%くらいの確率で職質されるんじゃないでしょうか。


手裏剣を持っているよりも断然。


ちっさいナイフを持っているよりも断然びっくりすると思います。


あれを振り回されたら・・・


素手ではとても受け止められません。


厚手の軍手をしていたとしても、結構怖いと思います。


ドドリアさんの頭のような、あーいうトゲトゲした造形のものは本能が怖がるかんじがしますね


先端恐怖症ならなおさらです。


ゼム・クリップの出現は、思いの外、遠い過去のことではなく、19世紀末のこと。

ペトロスキーは、19世紀半ばのイギリスの有名な鉄道エンジニアのインサムバード・キングダム・ブルネルの肖像画を例示し、彼のデスクに置かれた紙をとめるクリップが大きなU字型の木製であったことを指摘しています。

木製ではなく、金属の小さな道具としては、古くから安全ピンがあります。

そして、ゼム・クリップと同様、金属の紙をとめる道具としてはピンがそれまで使われいました。

そして、ピンの機械製造は、針金加工の機械化によるゼム・クリップの出現をうながしたのではないでしょうか。


ペトロスキーによれば、『国富論』で知られる18世紀のスコットランドの経済学者のアダム・スミスがピンについて論じていることを指摘しています。

確かに、スミスは、ピンがとるに足りないほど微細な道具だからこそ、その機械生産を事例にして労働力、そして収益のメカニズムの説明に使っています。

スミスは分業によって、日に1人20本のピンもできなかったのが、分業によって4800本もできるようになるといいます。

そして分業は製造の機械化を引き起こしたのだといいます。


19世紀半ばには、針金を切断してピンを量産する機械が出現します。

この機械は近代機械技術の象徴としてスミソニアン博物館に展示されています。

ゼム・クリップの製造法の特許はコネチカット州のウィリアム・ミドルブルックが1899年にとっています。

以後、多くの改良案が出されていますが、結局ミドルブルックのデザインは今日のゼム・クリップとほとんど変わっていません。

しかし、ミドルブルックはクリップにではなく、その製造機械の方に特許を取っていたのです。

結局、現在のゼム・クリップそのものは、イギリスのゼム・リミテッドがデザインしたということになるでしょう。

ゼム・クリップは、きわめて簡単な仕組みでとても便利な道具です。

ヘンリー・ペトロスキーの『デザインによる発明』(ハーバード大学出版)には、この小さな道具についての興味深い記述があります。

スキーはゼム・クリップには、らしく、『有用なことの進化』(ノップ)でもふれています。

ペトロスキーによれば、ゼム・クリップはわずか4インチの針金を3回曲げただけの、とるに足りないもののように見えながら、実によく考えられた道具だといいます。

こうした単純な道具には、誰もその仕組みなどに気をとめたりしません。


しかし、こうした簡単な道具にこそ、なかなか高度な仕掛けがあることが少なくないのです。

ゼム・クリップは、あれだけ単純な構造で、スプリングの機能を持っており、そのスプリングの機能で紙を挟んでいるのです。

そんなことは誰も意識しないけれど、たしかに、ものを挟むメカニズムはスプリングなのです。

洗濯挟みもダブル・クリップも例外ではありません。

それぞれスプリングの構造が異なるだけです。


ゼム・クリップがそのメカニズムを利用したものだとは、日常的には意識することはありません。

しかし、ゼム・クリップのスプリングが伸びて機能をはたさなくなっている状態を見て、それがスプリングであったことに気付くのです。 
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日本でシャープペンシルが製造されるようになったのは、やはり石井研堂によると大正期のことだといいます。

「体裁の好きと、其心墨の鋭き為めに、墨付きが好くして削る手数なきとに因りて大いに流行を来たし同(大正)十一年末には、東京と大阪を合わせて、模造工場百数軒に上り、従って粗製濫造甚だしく、大いにその品位を堕せり」
とあります。

これにより、大正期に日本ではシャープペンシルが大変流行したことがわかります。


百数軒もシャープペンシルの工場があったらしいのですが、その中のひとつに早川徳次郎の工場もありました。

早川氏の工場は東京の本所区におかれていました。

早川氏は発明の才能があったらしく、1923年までに48種類のシャープペンシルをつくったのです。

万年カレンダーを入れたものや、体温計を仕込んだものなど、かなりガジェット的なものをたくさん作っています。

しかし、関東大震災で被災し、そうしたシャープペンシルの特許を渡してしまったそうです。

その後、早川氏は電気製品の製造をすることになりましたが、早川電気は「シャープ」の名を現在も残しています。

当時のシャープペンシルの芯は合成樹脂芯(1960年、日本で開発)ではなかったので、0.9mmと太かったのです。

現在でも、速記などにこの太さの芯を使う人がいます。


調整とは、「諸部分の相互の関係、お企画調整よび諸部分の運動と活動を整えて、各部分が全体の生産に最大の貢献をなしうるようにすること」(L・D・ホワイト)である。

一般に組織においては、職務の専門分化による組織の拡散化の傾向、各部分の組織目標からの逸脱傾向、組織単位間の権限の重複・衝突・競合などの現象が必ず発生する。

こうした傾向は大きな組織ほど顕著であるが、行政組織ではその大規模性と権力性のゆえに、民間組織におけるよりもはるかに顕著である。

こうした拡散、逸脱、競合などの傾向を克服して、組織の統合を図る作用が調整に他ならないが、調整を進める方法の一つに計画の立案がある。石塚孝一氏によると、計画は各部局間の協働を必要とするから、計画の立案、すなわち企画は各部局間の調整をともなわざるをえない。

この両者を一括して企画調整とよぶゆえんである。

鉛筆について、石井研堂の『増訂明治事物起原』(春陽堂)によると「明治六年填国博覧会に出張せし、井口直樹の発意灘を以って始めとす」とあります。

これによって、明治7年に日本製の鉛筆がつくられたことがわかります。

前田愛は『明治メディア考』(加藤秀俊と共著)の中で、
「明治の作家の原稿は圧倒的に毛筆ですね。なかにはハイカラな人もいて鉛筆で書いてる人もいます。木村荘八の回想ですが、その姉にあたる明治20年代はじめの女流作家、木村曙が『婦女の鏡』(明治22年)を鉛筆で書いていたそうです。これあたりが鉛筆書きの原稿としては早いものかもしれません。鴎外もよく鉛筆で書いています」
と述べています。


ところで、鉛筆を、削らずにさらに長時間、筆記できるように改良したのが「シャープペンシル」です。

しかし、コンラッド・ゲスナーが16世紀に記述している鉛筆は筒状の軸に鉛を挟んで使うタイプのものです。

したがって、鉛筆・の発明の歴史はかなり古くからシャープペンシルの発明と重なっていたと見てもいいかもしれません。

とはいえ、シャープペンシルという新しい筆記具としてあらためて発明されたのは、19世紀前半のアメリカにおいてでした。

「エヴァーシャープ」(いつもシャープ)という商標が使われるようになったといいます。


余談ですが、カール・マルクスが大英博物館の図書室へ日参して経済学の研究をした際に、彼が使っていたのは、シャープペンシルどころか、鉛筆でもなく、つけペンでした。

シャープペンシルがあったらどれほど時間の短縮ができたことでしょうか。

木製の鉛筆の起源ですが、よく知られているのは、この話でしょう。

スイスの医者であり博物学者であったコンラッド・ゲスナーが、木製の筒に鉛や1500年頃イギリスで発見された良質の黒鉛(イングリッシュ・アンチモニー)の芯を入れた鉛筆を、1565年に化石について書いた本の中で紹介したということです。

鉛や黒鉛の芯は折れやすく、また携帯すると衣服を汚します。

木にはさむ方法が開発されると、簡便に携帯し、迅速に取り出せるようになりました。


1793年、フランスとイギリスとの戦争によって、フランスはそれまで使っていたイギリスのボローデール産の黒鉛を輸入できなくなります。

これによって、情報の管理も教育も効率が悪化。

そこで大臣のラザール・カルノーがニコラ・ジャック・コンテに新しい鉛筆の開発を研究させます。

その結果、コンテは、黒鉛と粘土を混ぜ乾燥し高温で熱して芯をつくり、木製の筒に入れ、その筒を削りながら使うというほぼ今日の鉛筆の原型になるものを開発し、1795年に特許をとりました。


他方、ドイツでは、17世紀の後半に黒鉛を木製のホルダーに入れた鉛筆をフリードリッヒ・ステットラーが考案し、鉛筆の専門の製造業者になります。

その結果、ドイツでは1731年には鉛筆製造のギルドがつくられるまでになりました。


1761年にはカスパー・ファーバーが鉛筆の製造を始めます。

ファーバーの会社は引き継がれ、19世紀には硬さの異なる鉛筆を製造しはじめる。

エジソンは自分用の鉛筆を数千本も注文し、いつもベストの下のポケットに入れていたといいます。


また、『森の生活』の著者として知られるアメリカのヘンリー・デビット・ソローは鉛筆製造機械技術者でもありました。

鉛筆という簡便な筆記具がいかに人々の思考を助けてきたか・・・うかがい知ることができます。

鉛筆は、かつてのようには使わることが少なくなってきています。

しかし、この小さな筆記具について語るとなると、信じがたいほど多くのことを語ることができるのです。


たとえば、ヘンリー・ペトロスキーは『鉛筆』(邦題『鉛筆と人間』晶文社)という大著を書いています。

筆記具は、わたしたちの思考やアイデアを書き表すことで具体化し、見たことや聞いたことなどを記録する、思考と情報にかかわる道具です。

インクや墨汁という液体を使わず、また、備品もなく鉛筆はすぐに使えます。

また、持ち運びも簡単です。

古くは鉛筆はいわば夢の筆記具であったといえるでしょう。

古代ギリシャやローマで鉛を筆記具に使うことが行われていました。

また、紀元前の15世紀のエジプトの遺跡からは石墨の破片が発見されています。

しかし、おそらくこれは筆記具ではなく染色に使われたものだろうといわれます。

やがて、鉛の筆記具は改良され、滑らかな鉛の合金がやがて使われるようになりました。


ペトロスキーによると、12世紀にはドイツ人の僧侶ドフィルが鉛と錫の合金による尖った形状の筆記具について記述しているといいます。

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